昆布革命ブログ

サハリン昆布!!

まいど!昆布水生みの親・昆布おじさん喜多條です。
昆布水・「umami」を責任を持って伝えます。

外国人で僕が世界一尊敬し、愛する白石基さん(ベク セッキ)86歳 韓国安山在住

突然 会社の電話が鳴りました。

「喜多條さんいますか?昔サハリン昆布でお世話になった・・・です。」電話を受けた従業員の人はお名前がうまく聞き取れなかったようです。

「はい。喜多條清光ですが?」

「喜多條さん サハリンのベクですよ!覚えていますか?」

胸が詰まり涙があふれ出てきました。

「白さん 元気ですか?今どこにいますか?」

「喜多條さん スカイプできますか?お金勿体ないからスカイプでゆっくり話しましょう!」

左が29歳になったアーニャ(アンナ)

このサハリン昆布のことは戦後日本の昆布を語るに絶対に忘れられない事柄ですから、日本一の昆布ライター中田諭志さんにまとめていただくように2年前より準備しています。

30数年前に北海道昆布が突然採れなくなり、卸価格が高騰した時がありました。30歳半ばだった僕はこのままでは日本食文化の「昆布」が無くなってしまわないかと心配になり、外国に天然昆布を求めました。

 

一年以上探し回って話をまとめると、旧樺太(現サハリン)で戦争前には大量の昆布が採れたそうです。1985.6年ころの話でサハリンもロシアではなく旧ソ連時代の話です。

まずは一度自分の目で本当にサハリンに昆布が有るかと確かめたいと思い、サハリンに行く準備をはじめました。2年かかりで墓参団に紛れ込んで初めて行くことができました。

函館空港では右翼の街宣車に「お前たちは帰ってくるな!!」と、派手なお見送り!

ハバロフスク市には立派な日本人墓地があり、お寺さんも同行!

ソ連美女の歓迎風景!!

僕はソ連には縁もゆかりもなかったのですが、サハリン昆布を見つけるまではじっと我慢の子でおとなしく苦手な団体行動をとっていました。

あった!!!昆布だぁ!!

青空市場で韓国人が売っていた日高昆布のような昆布!!

街中のスーパーマーケットでは缶詰と冷凍の生昆布が売られていました。

ソ連に来れば「食べ物」の不自由は絶対にさせませんとの美女たちの歓迎儀式!!

1988年の天神祭宵宮の日はサハリンも絶好のお天気でした!そこで戦後初のサハリン昆布自生の現場に出会います!

昆布採りの漁師さんたちと遭遇!!

自分で海に入って採った昆布!!

最高の利尻系昆布が5本(うち3本をパンツに隠して持ち帰り!)

日本に帰るなりマスコミで公表すると瞬く間に「幻のサハリン昆布」ブームが起き、2年後には正式輸入が始まりました。僕も私財でたくさんの機械類を運び込みました。

初めて日本向けに作られたサハリン昆布!

サハリン昆布輸入促進協議会事務局長としての頼りないメモ!!

兵庫県で多くのマスコミとともに検品会(決して高品質ではありませんでした。)

僕の持って行った昆布プレス機!!

苦労して作った昆布乾燥機!!

細かいお話は中田さんに「サハリン昆布物語」として、まとめていただきます。

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